【第10回】 「この間、今、皆さんに伝えたいこと(その2)」
2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災から、9年が経ちました。私も14時46分に黙とういたしました。そして、このとき東北の各地で鮮やかな虹が現れて、集まった遺族たちから感激の声があがったとのニュースを後から知り、心が少し暖かくなる思いがいたしました。
9年経った現在、避難指示区域が徐々に縮小され、また3月14日には震災と原発事故で不通になっていたJR常磐線が全面開通するという明るいニュースもありました。しかし、ようやく故郷に戻れる人がいる一方で、減りつつあるとはいえ、まだ約4万8000人もの避難生活者の方がいるとのことです。
皆さんの9年前は、現在の中1でしたら4才、高3でしたら9才くらいだと思います。年齢によって記憶の強さには差があるとは思いますが、当時は関東でも大きな地震が起き、多くの帰宅困難者が生まれました。私も当時の勤務先の学校の生徒たちを無事に帰宅させるまで、生きた心地がしなかったことを鮮烈に覚えています。
生徒の皆さんは毎日忙しく活動しており、日々のことに追われて10年近い前のことは遠い昔のような気持でいるかもしれません。しかし、年に1度のこの時期は、東日本大震災について意識をめぐらす機会でもあります。また、私たちは先々に生まれる人たちに、伝えていく義務もあるはずです。
郷土の先人の方たちは、子孫に地震や津波、洪水、噴火などの自然災害の状況や教訓を伝えるため、災害が起きた土地に文字を刻んだ碑を建てていました。それは自然災害伝承碑(しぜんさいがいでんしょうひ)と呼ばれています。
しかし、時間の経過とともに壊れてしまった碑、忘れられてしまった碑もあると聞きます。これらがきちんと伝承されていれば、あるいは東日本大震災の時に役立ったケースもあったかもしれません。ちなみに現在、国土地理院の「地理院地図」には、昨年の時点で372基の自然災害伝承碑が掲載されているとのことです。テクノロジーが発達した現代では、さらに進化した伝承方法が出てくるかもしれません。
思いがけないことが突然起こるという意味では、今回の新型肺炎も東日本大震災と同じく災害だと言えると思います。しかし、新型肺炎のような未知の病気の流行は、人間の叡智(えいち)と行動いかんで、結果が大きく異なってくる点に、大きな違いがあると私は思います。
現在、世界中の国に患者が出ています。しかし、その後の患者の増加の様子を見ると、各国の違いが見えてきます。
罹患しないための対策として最も有効なのは、手洗いやうがいと言われています。日本においては、もともと風邪をひいたらマスクをする文化、外出後は手を洗ったりうがいをしたりする習慣があったので、すんなり受け入れられています。そうした習慣がいつごろから始まったのかはわかりませんが、一説にはうがいは平安時代からという説もあります。皆さんも、ご家庭で、また幼稚園や小学校で手を洗いましょうと言われて育ってきたかと思います。私たちの身を助けるのは、意外にもこうした小さな習慣であったりするのです。
過去にも、未知の病気が発生したことは多々ありました。古くは天然痘から、ペスト、スペイン風邪、SARS。世界は、そして日本はそれらを乗り越えてきました。
新型肺炎に関しては、先は見えませんし、対処方法にしても正解は後から出てくるかもしれません。ただ、少しでも早く終息しようと、がんばって下さっている方々がいるのは間違いありません。
皆さんは、「正しく恐れる」という言葉を聞いたことがあるでしょう。東日本大震災の時によく使われ、そしてまた最近も使われています。この言葉は、戦前に活躍した、物理学者にして随筆の名手と言われた寺田寅彦の言葉から来ています。ただ、寺田寅彦のもともとの言葉は、「ものをこわがらなさ過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」であり、現在使われている「正しく恐れる」のニュアンスとは異なるものです。言葉が独り歩きして意味を変えたという一例でしょう。
今言われる「正しく恐れる」とは、より深い正しい情報や知識を知って、状況を理解して、対応するという意味として使われているかと思います。そういう意味で、皆さんにもどうか、未知の災害や病気に対しては正しく恐れ、自分の言動を客観視しつつ、「知性ある行動」をとって欲しいと思います。
森村学園の校訓「正直・親切・勤勉」のもとで日々学んでいる皆さんこそは、「知性ある行動」が可能な若者だと信じてやみません。
校長 江川昭夫